15年目のサポサポproject

前回に引き続き、サポサポproject立ち上げメンバーの皆さんに、これまでの歩みと、これからのことについて伺いました。

15年という時間の中で、サポサポprojectが変わったこと、変わらないことを教えてください。

亀井さん
人も変わるし支援先も変わる。
最初は会場もどんどん変わってました。運営体制も毎回模索しながら少しずつ変わっていますね。
最終形は見出せないですけど、そうやって変化しながら続いています。
変わらないところは基本的なフレームとして作品を作って支援する人を支援する、その枠組み自体は変わらないですね。
あと、砕けたこというと、毎回の飲み会は変わりません!(笑)

サポサポprojectを続けてきて、予想以上に大きかった影響というものはありますか?

田崎さん
藝大の美術学部という括りで続けてきたことで、同窓会的な緩さもありつつ、一流のクリエイター同士が切磋琢磨する場にもなっているんですよね。それが、続けられている理由の一つでもあるのかなと思います。
最初は亀井さんの同級生からスタートしたんですが、そこから上下や横に広がっていって、すごく立体的な広がりになりました。
メンバーの中で新しい出会いが生まれたり、仕事につながる関係ができたりするとは、最初は思いもしなかったことでしたね。
一番多い時は、100人以上が集まってくれて。賛同してくれた人たちが、こんなに集まってくれたというのは、予想外で嬉しいことでした。

中沢さん
サポサポって基本的に人とのつながりで広がっていて、一度、現役の工芸科の学生さん達がチームで出品してくれたということがあって凄く良かったよね。(2013年 サポサポproject-vol.8で学生の皆さんが参加してくれました)

今年は、メンバーのお子さんが芸大を卒業して、サポサポに親子で参加してくれるようになったんです。まさかここまでつながっていくとは思っていなかったので、すごく感慨深いなと感じています。だんだんと世代も代替わりしていくと思うんですが、それでも思いのようなものが若い人たちへと受け継がれていく。そういう姿を見ると、とても嬉しいですし、感動すら覚えます。

工芸科の学生の皆さん

15年の間にも、震災がありました。近いところだと能登の地震がありましたが、影響はありましたか?

亀井さん
能登の地震が起きたのは、サポサポの21回目が終わって間もない、1月1日のことでした。
すぐに「何か支援できないか」という話になり、最初は石川県を窓口に支援を始めました。
実は僕自身、地震の2か月前に『奥能登国際芸術祭』を見に行っていたんです。
それもあって、能登の地震については強い思いがありますし、あの景色が大きく変わってしまったことに、いろいろなことを感じました。

後日、輪島や珠洲などそれぞれの土地を訪れて、現地の方の話を伺うことができました。今回のサポサポの初日にも珠洲からゲスト参加していただいて、「アートと現地がつながってほしい」という言葉もいただいています。

僕らとしても、そういう向き合い方をしていきたいと思っていて。
これまでの支援の形からもう一歩踏み込んで、被災地との関係を結んでいくような流れも、できる範囲でこれから考えていけたらと思っています。

最後に被災地の方々に向けての思いというもの教えていただけますか?

亀井さん
僕自身一番大きかったのは、東北で初めてイクサポ(*被災地でのワークショップ)にいった時に仮設住宅や集会所でおばあちゃんたちに直接きいた体験談ですね。その方たちが涙ながらに話す内容を聞くというのはとてつもなく心を動かされる出来事だったんです。
被災するって経験しないと絶対わからないからどこまでも、わからないです、正直。
だけどそういう方たちの話を聞きながら

「熊本でもそういうことが起こったんだろう」
「能登でもそういうことが起こったんだろう」

そういう風に想像ができる。
いろんな悲しい出来事が形を変えて起こっているけれどそういった自然災害に対して、サポサポは何かしていきたいよねって。
そこにおいて、無力感だけに包まれないっていうのがサポサポをやり続けて本当によかったということかなと思っています。

田崎さん
こうやって同じ国に住んでいて、出身でもなくて親戚がいるわけでもないけれど、どこの地方だなんて関係なくて。
2011年のときは何も手につかないぐらいショックで想像を絶することが起きました。自分の中の無力さもあって創作意欲も何も起きなかった時にサポサポprojectの話があったんです。遠くにいても支援の支援をすることはできるし、それをいかに続けていくかが大事なんじゃないかと思いました。

一過性のものではなく、常に1年に1回続けること。芸大の美術学部出身の人たちは、ずっと思いを寄せていますよということを何かしらこういう形で発信していきたいと思うんです。通りすがりの人が「あ、東北ってまだ何かあるんだね」「まだ復興がまだ完全に終わっていないんだね」ってちょっとでも思い出してくれたらいいかなって思います。

平田さん
サポサポの立ち上げも、サポサポを続けていくこと自体も、一人では絶対にできなかったことです。

被災した方々の大変な状況を、テレビで毎日観るしかない――そんなもどかしさもありました。
でも、自分にできることは、やっぱり絵を描くことなのかなと思ったんです。
絵を描くことや、何かを作ることで間接的にでもお手伝いができれば、なんとか助けになれればと思っています。。

中沢さん
イクサポで東北に行って、大川小学校の先生のお話を聞いて本当にこう、ショックで覚えてないくらい気が遠くなっちゃって。
熊本に向かって乗った飛行機からみえたブルーシートの屋根とか、やっぱりそういうものを目にしたり触れたりした経験は、とても計りしれないというか、分かったつもりにすらなれないなと。

自分にできることをコツコツと続けていけたらいいなと思います。

2013年 石巻の状況
2016年 熊本城
金沢・能登を訪れて
2025年 能登の海

編集後記
サポサポproject創設メンバーの皆さま、本当にありがとうございました。
15年にわたりプロジェクトを継続してきたこと、被災地への思い、そして過去を振り返るのではなく次の世代へつなげていこうというお話しを聞けて、こちらも心に響きました。
サポサポprojectは、これからも変化をしながら活動を続けていこうと思います。

サポサポスタッフ